》白い恋人 ※碇くんがAV行き 『伝説のアイドルユニットS元メンバーI.K衝撃のAVデビュー!!』 週刊誌の見出しはそんなだったと思う。 ふと目に入った文字。あいつよりエロに貪欲ではなかったはずなのに、驚くほど早いスピードで頭が回転する。深くかぶった帽子を更に深くかぶり、オレはコンビニパスタとパック紅茶という、女子高生の昼飯のような組み合わせと共に、それをレジに突き出した。 確信してたわけじゃない。早とちりであればと願っていた。早足で帰宅する中、頭を巡るのは、黒いメットのような頭だった。 コンビニを出てすぐ見られなかったのは、そのままゴミ箱にぶち込んでしまいそうだったからだ。 一息吐いてから、恐る恐るページを開く。 下世話な記事達を流し読むこともせず、真っ先に開いた白黒ページ。艶やかな髪をした黒メットの頭に、ショタコンウケしそうな肢体が、面白がっているような煽りと共に並んでいた。 SPLEENが解散して、どれくらい経っただろうか。 蒼希彼方は俳優に転向し、バラエティやドラマの枠を越え、最近舞台デビューを果たした。 土門は土門で、バンドを組み新たな活動を始めている。 初日に黒メットと見に行った時のパンフレットも、ライブハウスで手売りしていたアルバムも、本棚に入っている。 オレも碇も暫くソロ活動をしてはいるが、お互い、かんばしいとは言えなかった。 男だろうが、落ち目の元アイドルはAV界のオイシイ餌らしい。オレにだってそんな話は来た。2年後じゃもう遅い、やるなら今。だからといって、乗ってしまえば表舞台に戻れることは、ほぼないだろう。そんなことはデビューする前から知っている。それは、あいつだって同じはずだと思っていた。 解散後も、碇とだけは頻繁に連絡を取っていた。 恋なんて呼べるほど甘いものではなかったが、肉体関係にまで転んでいたオレ達は、少なくとも同じグループのメンバーと言う枠は越えていたはずだ。まめに連絡し合い、二人で会っていたのも、オレ様の独りよがりだったとでも言うのか。 品性に欠けるカメラワークの中、バランスボールに乗ったり、びしょ濡れたり、大きなぬいぐるみと行為を匂わせたり、自慰を見せたり。このイメージビデオの中にいる碇が、何を思っているのか、まるでわからなかった。 そもそも碇が、オレと会っている時にこんな顔をしていたことが、あっただろうか。 店頭でDVDを手にした時、どくどく忙しく血が巡るせいか手汗が尋常ではなかった。けれど、60分、特典まできっちり目を通したあと、そんなざわざわした気持ちはどこかへ消えていた。 ハイビジョン用にデジタル化された、つるりとした白い肢体。張り付いた表情。人形劇でも見ているような気分だった。 コスプレだの、男の娘だの、新作は頻繁に出た。そのたびにオレは、秋葉原へ足を運ぶ。個人モノもオムニバスモノも、あいつが出ているものは全て、わざわざ予約までした。 ぼんやり眺めた後、ディスクをケースに戻し、クローゼットの奥に入れる。本棚にはしまわない。もうすぐ、本人が現れるからだ。 最初のイメージビデオデビューから、碇は発売日に家へ来るようになった。 元メンバーのアダルト進出。何の噂も耳にしないはずはない。それでもオレは、一作目の発売日から、知らないフリを通している。 本当は、打ち明けたかったのかもしれない。何バカなことやってんだと、咎められたかったのかもしれない。 毎回、始めは張り付いた笑顔を向けてくるものの、二言話せば、いつものあいつになる。それを見てしまうと、なかなかそこから先には行けなかった。 けれど、いつも碇が座る、丁度その後ろにあるクローゼット。 舐めるように読んだ週刊誌も、予約してまで揃えているDVDも、存在を知っている上に、まさか近くにあるなんて思っていないのだろう。屈託なく笑った顔に、ちくりと胸が傷んだ。 変わったことは多々あった。 碇は以前よりも、素直にオレへ接するし、情事の時は恥ずかしがるようになった。 やはり、イメージビデオとは違う。あれはあたたかくなさそうに見える。オレは興奮しない。レンズなんか通さない方が断然いい。 そう思うようになったのは、なんか流智くんこの頃僕のこと大好きだよね。そうにたにた指摘されるくらい、オレもあいつに目を向けるようになったからだろうか。 あいつが久しぶりに見ようと、本棚から引っ張り出したSPLEEN時代のライブDVD。レンズ越しのオレ達はキラキラして見えた。 食い入るように画面を見詰める碇は、どこかさみしそうだった。 オレがそうだったから、そう見えたのかもしれない。 秋葉原にあるAV専門の店に行くのも、もうずいぶん慣れた頃、ついにその時が来た。 買うものが固定だからか、よく担当に当たる店員にも顔を覚えられてしまったが、バレてはいないらしい。予約カードに躊躇いなく偽名を書くオレに、珍しく興奮気味に、そいつは言った。 「いつもの子、事務所もレーベルも名前も変わるんですけど、ついにAVらしいですよ!」 「……は」 「あ、AVは苦手でした?」 「…いや、ふーんそうなんですか…もう予約出来ますか」 「はい!あー…でも男相手みたいなんですよ。僕は姉ショタ系で期待してたんですけど、女性向けかもしれませんね。どうします?」 イカリくんいいですよね。そいつが前に言っていたことを思い出した。 いつもより乱雑に偽名を書く。えーぶい。アダルトビデオ。イメージビデオも十分性的なものだったが、胃にくる響きだ。余計な音や変な女やおっさんが映っていなかったから、ただ眺めていられたのかもしれない。 今日は帰宅すれば、レンズを通さないままの碇が待っている。 オレはきっと、いずれこうなることにも知らないフリをしていたのだ。 DVDを持った手が久々に汗をかいた。 過呼吸にでもなりそうなくらい、はっはっと息を吐く。それでも、初めてイメージビデオを見た時と同じ、再生中はどこか冷静な自分がいた。 演技そのものの喘ぎ声が、せめてもの救いだった。オレはなにが楽しくて、太ったおっさんと。そこそこ筋肉質なお兄さんと。比較的爽やかな青年と。三人と、三人に抱かれるあいつを見ているのだろう。 胃がぐるぐるする中、不覚にもオレの下半身は何度か反応した。あの店員もこれを見たのだろうか。他にも、どんなやつがこれを観て、どれだけオカズにされるのか。考えたくもないのに想像してしまう。 それでもオレは、これをクローゼットの奥にしまい、来月も新しいDVDを手にするのだろう。 今日はチャイムが鳴らない。 なんとなく、発信履歴の9割を占める同じ名前に、電話をかけた。すぐに留守電に繋がる。確かに昨日の夜は、来ると言っていたのに。 舌打ちをしながら見たテレビの中、白い欲望にまみれた碇が、虚ろな目で微笑んでいた。 111103. |