レッスン教室を出て、突き当たりの廊下。
まるい頭がスッと横切ったのが見えて、オレはほとんど反射的にその後を追った。

「…っえ!?」

後ろから無言で腕を引き、オレは碇を大道具がしまってある部屋へ連れ込むと、壁に押し付けた。
流智くん、いきなりなんなんですかっ。若干、戸惑いと怒りが混ざったその声色の先を、覆うようにしながら見下ろす。

性格は難でも、アイドル予備軍だけあって、顔はまあまあ整っている。
黒目がちな目をパチパチさせると、碇は嫌そうな顔で眉間にシワを寄せた。
まあ、悪くない。顔は。
ただ最近は、この反抗的な顔を見ると、沸々と劣情が生まれるだけで。

「背伸びしろよ」

頭1つ分以上違う、オレと碇の身長差を埋めるようにそう言うと、碇はため息を吐いてオレの肩に両手を添え爪先立ちをした。
近づいてきたその唇を合わせながら、服の中に手を入れて腰を撫でる。碇はみじろいだ。

「ちょっ…ここで?」
「ああ」
「昨日したのに、随分ですね」
「わりぃかよ」
「欲求不満なアイドルってどうなんです?」
「…テメーに言われたかねえ」

憎まれ口を叩くクセに、碇は無理に離れようとはしない。
嫌じゃねえんだろ、と言えば、調子に乗らないでくれます?と、また毒を吐かれる事は、簡単に想像出来ただけに、それを飲み込むように口付けた。


アイドルの道を目指す前、付き合っていた彼女がいた。
今時それはどうなんだとも思ったが、事務所に入る時、関係は切っておく事。と言われて、元々執着していなかったオレは、あっさり彼女を捨てた。
芸能界で人気を手に入れるためなら、そんなモノ、代償にすらならないと思ったのだ。

そのあと入ってきた後輩で、後にグループを組む事になったメンバーの一人が、碇だった。
食えないやつ。これが第一印象だった。
それでも、後輩なんだから敬語使えよ。と言えば、碇は渋々聞き入れたし、パンを買って来いと言えば、指定と別のものとは言えちゃんと買って来た。
それなりに、従順な後輩だった。
今は従順すぎて、俺は逆に自分がハメられてるんじゃないのかとすら思う。

いつもの、レッスン後の他愛もない会話のはずだった。

「流智くんって彼女いるんですか?」

シャワーの前の更衣室。
土門が先に個室に入り、水が出始めた頃、碇が言った。
俺は汗でベタつくシャツを脱ぎながら返す。

「…お前も社長から言われたろ」
「もちろん。じゃあ、自慰しかしてないんですか?」
「…は?」
「売れる前のアイドルだから、外じゃ処理出来ないですよね」

顔に似合わず、えげつない事を言ってくるやつではあったが、そんなに溜まってんのかよ。と思うと呆れるしかなかった。
折角のCDデビューのチャンスなのだ、スキャンダルで解散なんて、ごめんだし、なにより幸先が悪い。
なんて考えていたオレとは、全く別の事を、碇は口にした。

「流智くんがよかったら、僕相手しますよ」
「……意味わかんねえ」
「抱かれてあげます。って言ってるんです」
「…オレにはそんな趣味ねえし、第一…」
「僕も口外しないし、流智くんも口外しなければ、悪い話じゃないと思いますけど」

まあ、考えておいて下さい。さらりと言った碇は、シャツを脱いで篭に入れると、個室に入っていった。

ハメられたのは、おそらくこの時。
オレは、シャワー後のシャンプーの花のような甘い匂いに、こってりやられてしまったのだ。散々、嗅ぎなれた匂いだったにも関わらず。
我ながら、呆れて思う。
恐らく碇は、オレのそういう欲求を、嗅ぎわけたんじゃないかと。
つまり同類に見られた、と言うのは、かなり癪だが。


「前から思ってたけど、女々しい匂いだよな」
「っ…はい?」
「オメーのシャンプーだよ」
「ああ、…イメージは、大事、でしょう…?」

その匂いを嗅ぐよう、耳元に鼻を寄せた。すん、とにおう。碇はびくん、と小さくふるえた。

「…変態」
「テメーが言うな。…おら、足」

言って差し出したオレの手に、碇はむき出しになった太ももを乗せた。
もう片方の手で、自分のズボンをはだけさせる。碇の尻を掴んで引き寄せた。

「え、ちょっと、ゴム…」
「要らねえだろ」
「要りますよ!…ぁ、聞いてます!?」
「…今日は中ん出すから」
「はあ!?」

否定の声を聞きながら、ちゃんと掴まれ。と言えば、壁に背中を預け片足は律義に背伸びをしていた碇は、大人しく俺の首に腕を回し直した。


恐らく碇は、オレのそういう欲求を、嗅ぎわけたんじゃないかと、暫くはそう思っていた。
碇が指定と違うパンを買って来る事にもなれて、何も思わなくなった頃、オレはようやくある事に気付く。
最初こそ適当だったんだろうが、最近はもう、前回指定したパンなのだ。
反抗するのもめんどくさくなっただけかも知れないが。
でも、ささやかな抵抗なのか、行為中に碇は最初は唇を噛み締めている。オレがそれをやめろ、と言うまで。
これが続く限り、めんどくさいからじゃないなと、思う。
結局コイツは、なんだかんだ言って、オレに従うのだから。

「お前さあ、」
「…はい?」
「本当はオレ様の事が好きなんだろ?」
「はっ…寝ぼけてるん、ですか?」
「んな訳ねーだろ」
「あんまり、調子に乗ると、チンコ折ります、から」
「…可愛くねーな」
「それは、見る目、ないですねぇ」

ハン、と余裕ぶった振りをしているコイツが、少しずつ乱れて行くのは、嫌いじゃないが、一生本人に言う事はないだろう。
少しだけ見える碇の顔は、すっかり快楽に溺れた顔で、口先とは裏腹になんて欲望に正直なやつなんだ、と思う。
初めて交わった時より、ずっと反応がよくなった身体。ずりずりと壁に擦れる背中が痛いだろうと、体重を預かるように抱き寄せると、碇はまた大人しくオレにしがみついた。
憎まれ口さえなければ、従順で健気な後輩、なのかも知れない。

「、流智くん、流智くん」

リズムに合わせるように、耳元で聞こえるか細い声。
そんな声で呼んでくるから、説得力がまるでねーんだよ。




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