今朝起きたら、鼻の頭に一つ、ニキビが出来ていた。 鏡を見て絶叫したのち、オレは憎きソイツをなんとか隠すために、絆創膏を貼り付け応急処置をして、家を出た。 ちょうど忙しくなってきたばかりで、急激な環境の変化に体調を万全に保つのが難しいと思っていたところに、これだ。情けない。 碇にからかわれそうだな、と思いながら、楽屋のドアを開けた。 「…はよ、」 「リーダーおはよー」 「あ、おはよー流智君」 二つの声と、土門が手を上げての反応が返ってきたが、幸い誰もオレを見なかったと思う。 そそくさと部屋の隅に移動しても、4人同じ楽屋なら気付かれるのも時間の問題だろう。 だが、こちらとてシミュレーションは完璧だ。 なにそれ流智君昭和のガキ大将みたい(笑)だとか、 リーダーたかがニキビ一つで大袈裟(と言ってくる玉子肌)。だとか、エトセトラ。 さあどこからでも来い! そう身構え顔を上げると、目に入ったのは、思っていたのとは全く違う光景、一つの雑誌を見ながら、楽しそうに話す蒼希彼方と、碇だった。 「彼方君こういうの好きそう」 「あっ、いいなあこれ!田中さんに頼んだら代わりに買ってきてくれないかなー」 「田中さんも忙しいみたいだし、どうだろうね?」 なんで、ファッション雑誌を見ながら似合う似合わないだの、田中が忙しいかどうかだのって、中身のない話をするのに、そんなにくっつかないといけないんだ。と言うくらい、二人はべったりと仲良しをしている。 肩を寄せあって、にこにこ笑っている碇を見ると、のどがいがいがしてくるようだった。 前からそうだ。オレにはあんなににこにこ笑わないくせに、土門にはにこにこにこにこ。 それが最近じゃ、あの蒼希彼方に彼方くん彼方くんにこにこにこにこにこにこ。 蒼希彼方も土門も、碇さえも、オレ様の緊急事態に、ちっとも気付かない。 無性にムカムカしてきた腹を抑えるよう、チッ、と舌打ちをする。直後、ドアが開き、台本片手にいかにも急いでますといった田中さんが入ってきた。 「おいお前達、変更が出たから確認しておけよ!ホラ!」 「え、どこっスか?」 三人が慌てて、各々が近くに置いていた台本を手にする。オレもテーブルの上に置いてあった本を手にした。 田中さんの説明に合わせて、ページを捲る音。蒼希彼方がボケて、一瞬だけシンとなった空気。 誰もツッコまないのかよ!と思いながら、台本に赤いペンを走らせた。 「変更は以上。お前ら役割間違えるなよ!……ん?流智、お前なんだその鼻」 最初にそう言ったのは田中さんで、オレはすっかり絆創膏もといニキビの存在を忘れていた。 4人にまじまじと見詰められる。気付かなかったー。と残りの喋る二人が同時に言う。 「あはは、かぶったね」 まただ、あいつに向かってニコニコニコニコ。態度の違いに、いっそ殴ってやりたくなる。 それを無視するように、ニキビが出来て。そう言うと、碇は再びオレを向いた。 そんなことで絆創膏?とでも言いたそうな、ぽかんとした間抜けな顔。 「それで絆創膏なの?」 「…ああ」 「わかった、オレからメイクさんに言っておく」 それじゃあよろしくな。言って田中は楽屋を出て行った。 直後、碇が膝立ちでオレに近づいてくる。面白いものでも、見つけたかのような顔で。 「リーダー、そんなにニキビ嫌なの?」 メイクで隠した方が目立たないんじゃない? 後を追って、オレを覗き込んだ蒼希彼方が言った。 「流智君、なんか昭和のガキ大将みたい」 続けて言った碇が、あはは。と笑い、絆創膏の上を指先でつついてくる。 うるせえ。そう言って手を払い退けても、今日の碇は目を細めて、それおかしいよー。と笑うだけで、台本チェックしろと言えば、うん。と言って本を読み返し始めた。 無言の空気の中、近くにいる碇の肘が腕に当たった。けれど碇は謝りもしない。 かと言って、わざわざ突っかかる気分ではなかった。 そういえば心なしか、さっきまでの膿んだ気持ちが、無くなったような気がする。 |