》出来レース





今年はハワイに行かないんだ。そう流智くんに話したのは、たしか12月の中頃だった。
暇だから流智くん家で年越ししよっかなあ。なんて冗談めかしたら、俺様をおめーと同じ暇人扱いするなとかなんとか言っていたのに、当日の午後、何時に来るんだと連絡が来た時は笑ってしまった。
彼が律義に用意してくれた年越しそばを食べ、今年もよろしくと言い合ったのが一時間くらい前だ。

「全然動かねーな…」
「うわ、後ろもかなり並んでるよ」
「普段来ねーくせによー」

初詣どうする?あー明日12時入りだったな。起きてからじゃ無理だねー。んじゃ今から行くか。行っちゃおうか。
そんな深夜の軽いテンションで初詣へと赴いた流智くんと僕は、完全に甘かった。
日付変更すぐに参拝したい人はこんなにいるものなのか。延々と続いているんじゃないかと思われる列の圧倒的さよ。ただただ並び続けるという作業に、手袋を装備し忘れた手が震えた。おお勇者よ、なさけない。

「さむいね」
「…オメー手袋どうしたんだよ」
「忘れてきたみたい」

赤い手を擦り合わせ、はあーっと息を吹き掛ける。冷える速度に全く追いつかないけど、やらないよりましだ。
まぬけ。左側から聞こえた批評には返す言葉もなかった。ホントだよね。小さく笑うと、流智くんがおもむろに自らの右手袋を外しだした。

「ん」
「ん?」
「貸してやる」

差し出された手袋。
そうくるとは微塵も思わず、一瞬戸惑った。そんな僕に焦れったくなったのか、流智くんは僕の右手を取り、少し乱暴に手袋を被せてくれた。
残っていた体温を確かめるように、ぐっぱっと手を握っては開く。あったかい。

「いいの?」
「いいから付けとけ」
「へへ…ありがと!あったか〜い」

えへへ、出来るだけ可愛らしく笑い掛けるも、流智くんはそっぽを向いていた。
このやろう。空振りのドル誌にも出さない全力笑顔に少しだけ恥ずかしくなりうつ向く。ふと、その先にうごうごとやり場を探す、流智くんの手を見つけた。
再び見上げると、手袋をしていない方の手にやってきた、暖かい指先の感覚。
絡むように握られた手は、するりと流智くんのコートのポケットに連れていかれた。

咄嗟にマフラーを鼻まで持っていく。だめだ。にやける。うまく隠れてますように。
そんな僕に気付いたのか、満足気な、小さな笑い声が上から降ってきた。
今年も家族が健康に過ごせますように。もしくは、SPLEENの活動が軌道にのりますように。そうお願いしようと決めていた。
もしかして、新年早々こんなに優しい待遇を受けてしまったら、残りは絶望的なんじゃないだろうか。
それならせめて、今日1日だけでも優しい流智くんが持続してくれますように。これくらいなら許されるだろう。

自意識過剰にも変装用にかぶっている黒いウィッグの隙間から、赤くなった耳が見える。頬も鼻先も赤いし、きっとさむいからだ。
ふわりと舞ってきた白い雪が、流智くんの髪に降りた。街灯に照らされたそれは、きらきらと輝いてみえた。




130116.