・日焼けした肌
・こいのうた
・お別れ未遂
・あかいろ
・(淋しかった。)

相変わらずただれていたり、付き合ってもいなかったり。








》日焼けした肌


※赤丸ネタ




真冬らしからぬ、碇の少し日焼けした肌。
水着の女を見るため正月にハワイなんて、イカレてる。羨ましいと思う反面、その行動力に呆れた。

「つーか、焼き過ぎじゃねえ?」
「…そうですか?3時間に一回は日焼け止め塗ってたし、そんなでもないと思いますけど…」

とは言っても、オレ的には一目見てそれなりに違いが分かるくらいなのだが。
既に捲れ上がっていた腹部に手を当てると、明らかにオレの手の方が少し白く、ほら。と言って見るように促すと、本当だ。と、碇は唇を尖らせる。

「自覚持てよ」
「…でも、アイドルが日焼けしててもいいじゃないですか」
「事務所の売り方と違うだろうが!」

無意識に声が荒くなったらしく、碇はますますむつけた。
あー、と気だるい声で言いながら、ベッドの上、ばふ、と寝転び、これくらいすぐ戻るのに。と小さくぼやく。
聞こえてる、否、聞かせてるんだろう。この距離で聞こえない方がおかしい。

「なんでそんなにイライラしてるんですか」
「…してねえよ」
「そんなにハワイに行きたかったんですか?僕と」
「確かに正月にハワイは行きたかったけど、お前と行きたかった訳じゃねえ」

どうせコイツと行ったところで、コイツはオレ様を放置して、水着の女を始終見詰めながらニヤニヤしているだけだ。
一緒に行く意味がない。

「そうですか、ふうん」
「…なんだよ」

ううん。首を振った碇は、まるでイタズラを思いついたガキのように、にやりと笑ったかと思えば、静かに上半身を起こした。
嫌な予感しかしない。何をするのかと様子を伺っていると、オレの手を握り、捲り上げた服の中に忍ばせる。

「ねえ流智くん、今の僕、白いのが目立つと思わない?」

ああ、ダメだコイツ。
まだハワイの気温で頭がゆるんでいるのだろうか。完全にイカレてる。


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100112.




》こいのうた


恋愛を題材にした歌詞を歌うのは、アイドルの宿命のようなもので。
今日渡されたデモを聴きながら、歌詞の書かれた紙を片手に、そのメロディラインを追うように口ずさんだ。
いかにもアイドルの曲、と言った曲で、改めてこの仕事の窮屈さを感じる。
"アイドルらしく"するのは、嫌いじゃないけど。

大体、恋愛を禁じられてるのに、恋の歌なんて歌っても心に響くのだろうか。
しかもだ。田中さんから聞いた情報によると、僕のファン層は、僕より年上の人が多いらしい。
女子高生より、OL、主婦。
僕は可愛い系のポジションだから、わかってはいたけど、老若男女に好かれている彼方くんや、男性ファンがつく土門くんが

正直羨ましい。
はあ、と小さくため息が出た。
イヤホンから流れてくる、明るい曲調で失恋を前向きに歌った曲が、余計に僕のやるせなさを煽った。

心を込めて歌えよ。田中さんがいつもレコーディング前に言っている言葉を思い出す。
込める心がない場合はどうしたらいいんですか、なんて、夢のカケラもない痛々しい事は聞かないけど。

ふと、流智くんはなにを考えながら歌うんだろう。と、あのバカの事が浮かんだ。
あの人は大袈裟な失恋なんてした事がなさそうだな。僕も、ないけど。
考えなければよかった。なんか、むなしい。

『喧嘩して笑い合った日々も今は愛しく思えるよ』
イヤホン伝い、頭に流れてきた歌詞。
余計な事を考えいた所為で、ああなんか、僕と流智くんみたいな歌だ。一瞬だけそうんな、痛々しい事を考えてしまった。
一緒にいる時間が長すぎて、バカが移ったのかも知れない。

なのに、

「いいじゃないか、碇!」

レコーディングの日、田中さんとプロデューサーさんに、誉められてしまった。

良い場所に急にソロパートまで貰えて、誰かさんの事を考えた自分に自己嫌悪が生まれてくる。
もんもんとしながら、歌い終えて皆がいるところへ戻ると、あからさまに不機嫌な流智くんが、なんでお前が。ぽつりとぼやいた。
その姿に、ちょっとざまあみろ。と思ったけど、流智くんから生まれた心で歌った、なんて、余計に誰にも言えやしない。
女の子に引かれたらどうしよう。そう思うと、恋の歌は、すぐに灰にしたい歌になるのだった。


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100114.




》お別れ未遂



きれいな女の子だった。
初めてのバラエティ番組なのでよろしくお願いします。と挨拶に来たグラドル。
なんだっけ、ヤンジャンか何かで見たことある気がする。
グラドルにしては、正統派の女優さんみたいな清純な顔つきで、にこりと笑って、僕たちのファンなんですと言っていた。

収録の前の、セットの裏、彼女が着ていた、ふわふわひらひらの衣装の端が見えて、緊張してるのかな。そう思い、声を掛けようと近寄った。
近付くにつれて、誰かといることに気付いた。それでも、一緒に挨拶すればいいや。と歩み寄ること、数歩。反射的に足が止まる。
見覚えのありすぎる、赤色をした髪。
エンジェルサイドの顔で、にこやかに談笑している、流智君がいた。

あ、と思う間に、ADさんの声がスタジオに響いて、思わずこちらへ向きなおるであろう二人の視界から逃げるように、隠れてしまった。
談笑しながら、僕に気付くことなく、目の前を横切っていく二人。

(…あ、)

女の子が、流智君の肩に触れた。

「おい、どうした?さっきの収録中ずっとボケッとしてただろ」

間抜けヅラでよぉ。収録終わり、いち早く楽屋へ戻った僕に、流智君が一番にそう声を掛けてきた。

「そんなことないよ。少なくとも流智君よりは間抜けな顔じゃなかったよ」
「ああ?」
「一緒に出てた女の子とデレデレしながら話しちゃってさあ、」
「…はあ?」

言って気付く。これじゃヤキモチ妬いてるみたいじゃないか。
さっさと流智君を無視して、メイク鏡の前、一番壁に近い隅の椅子に膝を抱えて座った。
空気が読めない流智君が、後を追ってくる。隣の椅子を引いて、座った。しかもわざわざ、こちらへ寄せるように椅子を移動させて。

「お前、妬いてんの?」
「は!?勘違いしないでください!」
「あの女はやめとけ」
「…は?」
「すげーキャラ作ってんぞ。オレらにはあんなだったけど、スタッフ内の評判マジ悪い。あの番組のディレクターのお気に入りだとかで…碇?」

聞いてんのかテメー。流智君が、僕の頬をつねった。
あ、うん、そうなんだ。生返事を返すと、納得したようで、手を離してくれた。
自分も同じようにネコをかぶってるくせに(僕も人のこと言えないけど)ああいうのは汚ねぇよなー。と言いながら、鏡を見詰め、髪型を直す流智君を見詰める。
二時間半の収録時間。久々に流智君を見た気がした。あほらし。


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100310.




》あかいろ


楽屋に入り鏡の前、無造作に置かれた一冊の雑誌。
いわゆる、エロ本だ。
持ち主は考えなくても分かる。誰が来るかわからないんだから、こんなもの放置しておくな。と後で叱らねえと。流智はそう 考えながらその前に座った。
ちらり、雑誌を横目にとらえる。
表紙にはどこに売ってるのかと思うくらい、流智にとってはアンダーグランドな言葉が並んでいる。

(鼻フックはまだいい、おんな犬ってなんだよ…)

小さな好奇心で手を伸ばした。
ぱら、ぱらとページを捲ってみる。ぱら、ぱら、捲れば捲るほど、どこがいいのかわからないような画面が続く。人の嗜好と 言うのは宇宙のようだ、と流智は思った。撮るやつがいれば、買うやつもいるのだ。それが常人に理解出来ないような、どん な特殊なものでも。

「あれっ流智君おはよう」

がちゃり、突然ドアが開いて流智は咄嗟に雑誌を閉じる。
何もなかったと言う顔で、入ってきた碇に挨拶を返した。

「…なんですか、いつもより気色悪いですよ」
「は!?なん、なんでもねーよ」
「……あっ」
「だからなんでもねーって!」

流智の背中の影に乱雑に捲られていた雑誌が見えて、碇がじっとりとした目で流智を見やった。
しまうの忘れてました。ふーん。見たの流智君。だからそんなに慌ててたんだ。
少し上半身をかがめ、見下ろす碇の顔が、流智に近づいてくる。
身長差の所為で、見下ろされる事なんて殆どないのだが、見下ろしてくる時の碇は大概、優越感を含んだ笑い方を向けてくる 。その小生意気さといったら。

「…お前、いつもこんなの買ってんのかよ。趣味悪ぃぞ」
「ううん?たまには普段買わないのを、と思っただけです」

でも、流智君が好きならあげてもいいですけど。
雑誌に目をやりながら、碇が呟いた。

「…好きじゃねぇよ、こんなん」
「そうなんですか?結構暴力的な事するから、好きかなぁって思ったんですけど」
「じゃあなんだよ、オメーはオレ様がこういう事するとでも思って買ってきたのかよ」
「…えっ、」
「え?」

小生意気だった顔が固まったかと思えば、面白いほど一気にかぁっと赤く染まった。
流智も同様に呆気にとられたが、赤くなった碇を見て、口をつぐんだ。
(そういや、たまに本気で照れるよな)
そっぽを向いた大きな黒目を追いながら、流智は雑誌を掴んだ。

「オメーが好きなら勉強しておいてやるよ」
「だからぁ!違うってば!…んっ」

そう煽れば予想通り振り向いた碇に、不意打ちで口付けて、呆気に取られた頭を撫でながら椅子から立ち上がった。
今日は完全にオレ様の勝ちじゃねえか。そう思うと無性に楽しくなってきて、背中をバカ!と言われ叩かれても、流智は優越感に浸っていた。


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100312.




》(淋しかった。)


明日のオフに、流智くんが買い物に付き合ってくれると言って、10時半に約束をした。
あの流智くんが、僕を付き合わせるのではなく、僕に付き合うと言ったのだ。
承諾してくれるとは思わなかっただけに、少なからず動揺したけれど、そう遅い終わりではなかった仕事の後、家に帰っていつも通りお 風呂に入り、歯を磨き、明日の服を決めてからベッドに入った。
それが、夜中の1時。

寝坊した。完全に寝坊した。
時計は今、2時半を指している。

いくらなんでも寝過ぎだ。でも、最近忙しくて寝る時間も少なかったし。ぐだぐだセルフで突っ込み言い訳を並べながら、慌てて顔を洗い、歯を磨きながら髪を整え、昨日用意した服に着替えて、家を飛びだした。

流智くんがまだ居るかどうか、予想してみたけれど、考えるまでもなかった。
あの人が1月の寒さの中、僕を待ってくれる訳がない。怒って帰ってしまっただろう。でも、携帯は鳴らないし…そこまで考えて気付いた。
携帯、忘れた。

電車を降りてすぐ、待ち合わせ場所まで走った。
けれど周りを見渡しても、やっぱり流智くんの姿はなかった。
はあはあ、上がった息を飲み込み、その場にしゃがみこんで、空を仰いだ。頬に1月の空気が刺さる。
起きた時点で4時間も遅刻、居なくて当たり前だ。
流智くんを連れ回すなんて機会、二度とないかも知れないのに。あーあ。

呼吸が落ち着いて来たかと思えば、お腹がぐぅ、と嘆いた。
目の前はカフェ、あそこでご飯を済ませてから、今日は一人で買い物をしよう。

「……あっ、」

近づいて行くと、ガラス張りの店内に居た、赤毛の人と目があった。ムッとした顔で、じっとり僕を見てくるその人は、紛れもなく流智くんだ。
僕は慌てて店内に入り込む。

「なんで!?」
「なんでってなんだよ、おせーにも程があんだろ!オレ様が電話してやっても出ねーしよォ」
「…遅れてすみません、携帯も家に忘れちゃって…でも、流智くんが待っててくれてるなんて思わなかった」
「ここはオメー持ちだけどな」

うん。僕が言うなり、流智くんは店員さんに声を掛けた。
コーヒーのおかわりかな。思っていると、店員さんから受け取ったメニューを開き、腹減った。と呟いた。

「ご飯食べてなかったんですか?」
「食ってねーよ、お前待ってたし」
「先に済ませててよかったのに」
「……このパスタセット、ジェノベーゼで」
「あ、僕も同じのください」

ガラス張りの店内。内側から見ると、待ち合わせ場所が良く見えた。
さっきの僕のように、きょろきょろと周りを見渡す人。流智くんはずっとこうやって、僕が現れるのを見ていたんだろうか。
そう思うとむず痒くて、遅刻して悪かったなと思うのに、人をさんざん待たせたくせに何ニヤニヤしてんだよ。そんな流智くんの言葉でさえ、少し嬉しかった。

携帯の新着通知の量は、考えるのも恐ろしい。


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100911.

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