去年のバレンタイン、流智君はファンの子に一つもチョコレートを貰えなかった。
一昨年もそう。
だから去年は、僕が貰った少ないチョコレートを、あの人はぶつくさ言っていたけど、二人で分けて食べた。
今年も、そうなると思っていた。

14日。今年もバレンタインのこの日一番の仕事場の楽屋。
嬉しさを隠しているつもりの誇らしげな顔で、流智君が僕に自慢してきたモノ。
可愛らしい、とはだいぶかけ離れた、厳かな包装の四角いのが、三つ。それがバレンタインだからと贈られたモノだとは、言われなくたってわかった。

「いや〜さすがおばあちゃんは朝に強いな!さっき入口の前で無理矢理渡されてさ〜!こういうのは事務所を通してっつったんだけど強引でさぁ!」

そりゃそうだ。
デビューしてしまえば、下積み時代とは違う。
自分だって少ない入り待ちの子からプレゼントを貰った。それなのに、流智君も同じように貰えるなんて、考えもしなかった。

「よかったですねえ」

あ、なんか、嫌な声が出た。

「僕もいくつか貰いましたけど、さっき田中さんに取られちゃいました。チョコはほとんど手作りだったから」

あ、なんか、嫌味っぽかったかも。

「ふ…ふ〜ん。ま、まあオレ様のファンはそこらへんちゃんとわかってっからな!」
「でも、彼方くんは昨日の時点でトラック一台分届いてたらしいけど、全部処分されるみたいだから、手作りか市販かなんて関係ないかも」
「…………」

僕の言葉に、流智君は丁寧に包装を剥いて、中を確認しだした。
なんだろうこの、お腹の中がぐるぐるするような感覚。笑ってる自分に吐きそうだと思った。

流智君のファンはどうして、おばあちゃんばかりなんだろうか。
熱烈な、年齢が若い子が一人くらいいて、その子がチョコレートに過ちをおこしてしまえばいいのに。なんて、考えてしまった。
目に見えて、髪の毛や、体の生理物。
そうしたら流智君は、溶かして固めた想いが込められた手作りチョコは食べず、市販のチョコしか食べなくなるだろう。
ずっしりと愛情のこもったファンの手作りなんて、一切口にしなくなるだろう。
そうしたらきっと、流智君の摂取する愛情が、ずっとずっと減るはず。

「…オイ!聞いてんのかよ!?」
「えっ、…なんですか?」

なに考えてるんだ、僕は。
嫉妬、だとしたら、僕は相当だ。ファンはただのファンであって、ましてやアラエイ、そこから変わる訳がないのに。

「これ、せんべいだった。食う?」
「…ううん、いいです」

開ける箱開ける箱、全部がチョコではなかったらしく、流智君はしょんぼりと肩を落とした。わかりやすいな、と思って、思い出す。

「流智君、チョコ好きだったの?」
「べ、別に特別好きとかじゃねーけど」
「ふーん」
「でも…せんべいとようかんとモナカだったとはな…おばあちゃん達、気ぃ使い過ぎだっつーの…」
「チョコあるよ。食べる?」
「…あ?」
「お母さんに皆で食べてって渡されてさ」

うそ。
本当は二週間も前に、こっそり自分で買った。

「マジでかァ!!」

やっぱりチョコがよかったんじゃん。なんて言わないけど。
二週間前、今年は事務所に没収されてしまうから、チョコを貰っても食べられないだろうと思い、恥ずかしいのを我慢しながら、女々しい自分にドン引きしながら、テメーの施しなんてぶつぶつと文句を言いながら食べるであろう人に、あげようと思って買ったチョコレート。
分かりやすく嬉しそうにされて、嬉しくなくはなかった。

「美味しい?」
「うん、うまい」
「よかった、お母さん喜ぶよ」

おばあちゃん達、ごめんなさい。
流智君が僕のチョコだけを食べてくれた事で、僕はお腹のどろどろした気持ち悪さが無くなりました。

これから毎年これが続くのかと思うと、またモヤモヤするけど、今はこれで、なんとか耐えられる。
僕の気持ちだけを食べて欲しいなんて、素直に言えたら、どんなに楽なんだろうか。




100215.