》ごほうび曜日




※研磨は初めてじゃない、リエーフにはフニャチン設定があるので注意。




 きっかけは冗談みたいなものだった。

 馬の前に人参ぶらさげるじゃあないけど、何気なく入った運動部で慣れない上にキツイ基礎練習をこなす為に、なにか張り合いがあった方が頑張れると思ったのだ。
 そりゃだんだん上手くなって行くのは楽しい。それでも基本的は基礎練ばっかだから、特別バレーが好きだったワケじゃない俺みたいなのは、やっぱりだれるのだ。
「ごほうびあったら頑張れんのに……」
「オイオイ、贅沢な一年だな」
「全く、図太いのが入ったもんだよ」
「試合に出るのがご褒美だろ!」
 それはそうだけど。ぐったり床に倒れ込む俺の頭上から、先輩の溜め息が降ってくる。俺だって、一年から試合に出させて貰えるかもしれないって事が、どんな事かくらいは分かってるつもりだ。
「マジなんで女子マネ居ないんスか?ほほちゅーして貰えたかもしれないじゃないですかあ」
「ほ、ほほちゅーだと!?」
「お前な、部活動をなんだと思ってんの?早く起きろ、今やるお前の仕事は?」
「……ウィッス」
 催促されてようやく、疲労した身体をなんとか起こす。今日は俺がタオルとドリンクを配る当番だった。
 日替わりのコレは、一癖も二癖もあるメンツが揃っているこの部なりのコミュニケーション、試合で上手く連携がとれるようになるための親睦の深め方らしい。でも、今の代から始まったそうだ。俺もどれが誰のタオルでボトルでっていうのは、最近やっと全部覚えられたばかりだ。
「お疲れさまです研磨さん!」
 両腕いっぱいに抱え体育館を走り回り、最後の一組を壇上に座っていた研磨さんに差し出す。研磨さんは、ありがと。と控えめな声と共に受け取った。
 柔らかいスポーツタオルに顔を埋めて、ひと息吐く。でこを拭いて、首筋を拭く。うなじを拭く頃にボトルに口を付ける。いつもの順序だ。その間ぷらぷら揺れる脚は、普段ローテンションの研磨さんの機嫌が窺えるようで面白い。
 一通り眺めて居ると、ふとボトルから口を離した研磨さんに、なに?と訊かれて、自分がぼんやり見つめていた事に気付いた。気恥ずかしくなりながらも、それを誤魔化すよう隣に座る。
「研磨さんはごほうびってあるんですか?」
「ごほうび?」
「練習頑張ったごほうびッスよ!」
 音駒バレー部の中で、この人が一番バレーへの執着が見えない。幼馴染みの黒尾さんに誘われているからだけでは続かないと思うのだ。研磨さんは目を伏せて、スポドリを一口飲んだ。濡れた薄い唇が、少し開く。
「……ないかな」
「えぇっ!?じゃ、なにモチベに頑張ってんスか!?」
「……でも、練習後のアップルパイはおいしいかな」
「アップルパイかー!それが研磨さんのごほうびなんですね」
「ごほうび……とはちょっと違うけど……そうだね」
 アップルパイ、アップルパイか。なるほど、食べ物をごほうびにする手もあった。俺もそうしようか、なんにしよう?コンビニチキン?ウンウン唸っていると、リエーフと下から呼ばれて振り向く。
 研磨さんは手元のボトルをいじっていて、なんとなく物足りなさを感じた。少し顔を上げて、俺を見てくれたらいいのに。目線はボトルから離れない。
「リエーフ、ごほうび欲しいの」
「スゲー欲しいです!でもほほちゅーとか欲しかったんですけど、無理じゃないですか」
「……そう?」
「だって、ウチ女子マネ居ないんスよ!俺彼女も居ないし!これじゃ誰もしてくれないです……」
「クロにして貰えば」
「えーっ!?黒尾さんにされたら罰ゲームじゃないですかあ!」
「オ〜イ、聞こえてるぞ〜?」
 やたらと優しい声と爽やかな笑顔の黒尾さんから、禍々しい黒いオーラを感じて、背筋が震えた。とっさに壇上へ上がり、自分より小さい研磨さんを盾に隠れる。
「黒尾さんにされるなら、俺、研磨さんがいいです!」
「え゛っ」
 懲りずに言うと、体育館が笑いに包まれた。変わり者の集まりのような部だけど、誰もそれを気にしてないこの雰囲気は好きだ。
 フラレたわーとふざけて自嘲する黒尾さんだったが、研磨さんは戸惑っているようで、細い肩をすぼめて、うーとか、あーとか唸っていた。
 研磨さんも例に漏れず変わり者だ。やたらに人見知りなんだけど、トスが欲しくていっぱい話しかけていたら、最近は結構話してくれるようになった。クラスに居たら話さないまま終わりそうなタイプだから、実はちょっと嬉しかったりする。
「えっと……リエーフ」
「あはっ、研磨さん、」
 冗談ですよ。そう言おうとしたら、振り向いた研磨さんに袖口を控え目に引っ張られて、思わず飲み込んだ。
 その顔が珍しく顔が近くて驚いた。これまた珍しくまっすぐ俺を見上げていた大きな目が伏せられて、次の瞬間、頬に柔らかいものが触れた。
「……ごほうび」
「!けん……」
「けっけけけっけ研磨!?」
「研磨ぁぁぁ!?」
 驚いたままの俺と、俺以上に動揺し慌てふためく他の部員をよそに、研磨さんは少しだけ口の端っこを持ち上げて言った。
「今日あと少しだから、頑張って」
「ふお!はい!」
 冗談みたいな話だけど、この日から毎週水曜日になると、研磨さんは俺にごほうびをくれるようになった。


 俺の見た目が外国人っぽいせいなのか(まぁ実際ハーフだし)、音駒のプレースタイルが部の雰囲気と直結しているのか。ごほうびを貰い始めて一ヶ月が経つと、俺が研磨さんにキスをねだる光景が当たり前になっていた。
 ストレッチが終わったらねだり、走り込みが終わったらねだり、事あるごとにねだっていたら、呆れたように誰からも文句もなにも言われなくなった。
 俺自身ごほうび云々はどうでもよくなってきていた。また研磨さんが心を開いてくれたみたいで、それが嬉しかった。
 だからある日、ふざけて唇にキスをしてみた。リエーフバカじゃないのとか、なに考えてんのとか、ツッコミを入れて欲しかったのだ。
 けど、期待に反して研磨さんは、肩を揺らし、目を見開いて、それから反らして「うん」と言った。うんって。多分俺の方がびっくりしたと思う。うんってなんだと思って居たら、スパイク錬が終わった後、研磨さんがごほうびをくれた。その場所は、唇だった。
 俺はただただ驚いて、その日は他になんの練習をしたかも、何回ごほうびを貰ったかも、どうやって帰ったかも忘れた。猛虎さんが絶叫してた事だけははっきり覚えてるのに、バカな頭を呪った。

 だけど、音駒バレー部の受け流しスタイルはすごい。
 唇へのキスも、時間が経てばみんな慣れてしまった。俺が研磨さんにキスしたのを見た海さんが、ついに「あぁ、今日は水曜日か」としみじみ言ったくらいだ。
 俺は初めてハーフに生まれた事を感謝した。日本語しか喋れなくても、キスを挨拶にしそうなヤツに見えるって事だ。ちょっと長めにキスしても、夜久さんが「長い」と背中蹴ってくるくらいで許される。母さん父さん、ありがとう。

 でも、あまりにも許されるもんだから、俺は調子に乗った。
 触れ合わせるだけのキスじゃなく、唇をはんで、離れる時に舐めてみた。
 さすがに研磨さんも反応するだろうと思っていたのに、普通に目を反らされて、黒尾さんに「エロいわ。煩悩捨てて来い、外周」と頭を叩かれて終わってしまった。

 研磨さんは人見知りでも、嫌な事はすぐ態度に出る人だと、この頃にはもう十分知っていた。なんで嫌じゃないんだろうと考えてふと、あれそういえば俺も嫌じゃないって気付く。
 頬にキスくらいはふざけてする。でも、さすがに唇にはあまりしない。少なくとも俺はしない方だし、研磨さんが他の誰かにごほうびをあげてるのも見た事ない。
 許され続けたあまり普通の事になっていたけど、多分普通の事じゃない。気付いた時、急にどきどきと心臓の鼓動が高鳴った。これって俺だけのトクベツなごほうびなんじゃないか。

 言い付けられた外周もそこそこに、俺は水飲み場でひと息ついた。煩悩は走っても消えないのではと仮説なんか立てて、なぜか緩む頬を抑えてみる。
「リエーフ、」
「うおぁっ!!」
「!……、なに、」
「あ、や、あの、ちょっと、ちょっとびっくりしただけです!」
 いつの間に来たんだろう、突然声をかけられた心臓が跳び跳ねる。振り返るとちょっと戸惑っている研磨さんが居た。手には俺のタオルとボトルが収まっていた。
「……外周終わった?」
「ハイ!ちょっとサボりましたけど」
「ダメじゃん」
「えー、研磨さんが言いますか?」
「……はい、タオルと飲み物」
「あざーっす!」
「お疲れさま、」
 くん、とTシャツの袖口を引っ張られる。いつもそうだった。研磨さんからごほうびをくれる時は、いつもそうやって俺に屈むよう促す。
 だけど俺は、少し躊躇った。一応、煩悩を消すつもりだったのだ。いつものように屈まない俺に、研磨さんはこてんと首を傾げた。
「……要らないの、ごほうび」
 消すつもりだった煩悩は、たった一言で簡単にふくれあがった。
「んっ……!」
 噛みつくようにその唇を塞いで、舌をねじ込んだ。歯列を割り、舌を撫でて絡める。研磨さんは逃げない。けど、腕を掴んだ。するりと撫で下ろし、手を握る。ぴくりと跳ねた指先がかわいくて、指を絡めた。
「ふ……ん、ぁ…」
 鼻から抜けるような甘い息遣いの色っぽさは、俺の知らない研磨さんだった。上顎を撫でるとふるっと震えて、絡めた手が握り返される。指を撫でるよう何度も握り直しながら、これじゃ恋人同士みたいかと思ったが、でも、やめられなかった。

 やっぱり、ちょっと走ったくらいじゃ煩悩は消えない。
 なぜなら、ごほうびの後、とろんと惚けた顔で唾液の糸を舐めとった研磨さんがめちゃくちゃエロくて、そろそろ戻らないとまたクロに怒られるよ。と引っ張る手が温かくて、俺はトイレ寄ってきますと逃げるようにトイレへ向かい、ぶっちゃけ研磨さんをオカズに扱いてしまったからだ。
 煩悩フル活動もいいとこだった。マジで。

 それからごほうびには、べろちゅーも入るようになった。
 でも研磨さんは人前では触れるくらいのキスしかしなかったし、俺でもさすがにアウトだと分かっていたから、こそこそと体育館の裏とか倉庫とか、人気がないところで貰った。それもかえって、共犯者にでもなったかのようでドキドキした。
 だけど俺の中には、以前オカズにしてしまった罪悪感もあった。部の中で俺しか知らないだろう、色っぽい顔をする研磨さんを見るたびに、チクチクと胸が傷んだ。俺は研磨さんの善意を踏みにじったんじゃないか。

 ギクシャクしないように気をつけても、普通の話をして、普通に過ごしている時でも、ごほうびをくれる研磨さんが頭にちらつく。
 このごほうびには、もうこれ以上はない。だってそれこそトクベツなやりとりになる。
 分かっていた。それでも、頭のどこかで期待していたのかもしれない。


「リエーフ、最近ヘン」
 いつものように、用具倉庫でごほうびを貰っていた時だ。埃臭いマットに座った研磨さんは、怪訝な顔で俺を見上げた。
「そうっスか?」
「うん。……今日もういいの」
 だってこれ以上したらチンポ勃ちそうなんです。とは言えない。さすがに言えない。
 意識しすぎてねだる回数が少なくなっていたんだろうか。俺だってホントはもっとしたい。せっかく仲良くなれたんだ。でも。
 ぐるぐる悩んで、じゃああと少し下さい。と言うと、研磨さんは緩やかに目を閉じた。
 唇を寄せると、薄い、けど柔らかい研磨さんの唇が俺のを食む。ゆっくり擦り合わせて、どちらからともなく舌が触れた。舐め合ったり絡めたり噛んだり吸ったりし合う内に、俺の意識は完全にぶらさげられた人参に向いていた。
 だから研磨さんがもぞもぞ動いていて、何かがごとっと落ちる音も、大して気にしなかった。
「うあっ!?」
 下腹部へ、ふいに刺激を感じてマットから退いた。困惑して下を見ると、研磨さんの膝が立てられていた。
「……リエーフ、」
「あ、や、いえ、ナンデモナイデスッ」
 それで当たってしまったのか。まずい。ちょっと勃起してたし、気付かれただろうか。気持ち悪いよな。なんて言おう。考えていると、研磨さんが脚を上げて、その脛で俺の股間を押し上げた。
「っ!?ちょッ、研磨さんなに!?」
 俺の股の間にある脚は、あろうことかそのまま俺のチンポをするりと撫で上げる。とっさに腰を引くと、今度は足の指で押されて、またジンと刺激が走った。
「おわ……っ、」
「リエーフ勃ってるから……」
 はっきり指摘されて、頬がカッと熱くなるのが分かった。
「しょ、しょうがないじゃないッスかあ!だって研磨さんがエロい顔するから!あんな気持ちぃキスするから!」
「……俺も、そういう気分になってた」
 ぼそぼそくぐもった小さな声だったけど、狭い二人きりの用具倉庫ではよく聞こえた。
「……はえ?」
「そっちは違うのかなって……思ってたから、嬉しい、し。……えっと、」
 うつ向いたまま、きょろきょろさ迷った視線が、遠慮がちに俺を見上げる。頬がほんのり赤い。俺のものか研磨さんのものか判らない唾液で濡れた薄い唇の隙間から、赤い舌が見えて、俺は無意識に唾を飲み込んだ。
「リエーフ、エッチしたい……?」
 その問いに、考えるより先に頷いていた。
「いいよ」
 いつも大人しい唇が、うっすらと弧を描く。研磨さんから目が離せなかった。見とれていたんだと思う。
「ごほうび」
 期待していた展開より、妄想で犯した研磨さんより、目の前の研磨さんはずっといやらしかった。

 上体を起こした研磨さんは、躊躇うことなく俺のジャージに手を入れた。小さな、細い、けれど男の手は、あっさり俺の身体に触れた。それだけで俺の熱もあっさり膨らむ。
「リエーフ、下、脱いで」
 先走りを全体に馴染ませていたかと思うと、研磨は言った。汚れるから、と。その声に熱っぽさを感じて、俺は更に興奮した。だって研磨さんも興奮してくれているんだ、興奮しないわけがない。思い切って下着ごとジャージの下を下ろす。
「……おっきいね」
「えっ、そうッスか?」
「うん、入るかな……でも、」
 研磨さんは俺のをまじまじと眺めて、目を細め、こくんと唾を飲んだ。
「気持ちよさそう」
 全身がぞくりとふるえた。びっくりした。そういうこと言う人だと思わなかった。でもそれが非日常的で、また俺を興奮させた。
 細い指先がいらやしく這う。扱きながら、たまにちらっと俺を見て、反応を伺って来るのがかわいかった。キスを贈って、俺も研磨さんの身体に手を伸ばした。でも男同士でどうしたらいいか分からなくて、Tシャツの下の背中や腹や腰を行き来する。薄いけど、あったかい身体だった。だんだんと研磨さんの息が上がってくる。
「リエーフ、胸」
「胸触っていいんですか?」
「うん。……ぁ、」
「……研磨さん乳首立ってる」
「……うん……それ、きもちい」
 俺に凭れて、はぁ。と甘いため息を吐いた。研磨さんはこれが好きなんだ。忘れないようにしようと頭の中で繰り返しながら、愛撫も同じことを繰り返して反応を見る。乳首を捏ねると俺の胸に顔をうずめてくるのもたまらない。弾くと背中を反らすのも、引っ掻くと背中を丸めるのもいい。そうすると甘い声がたくさん漏れてくる。やばい研磨さん、エロい。
「ごめん……あんま気持ちよくない?」
 何度目かのちら見の時、研磨さんは困ったように眉を下げた。
「や、スゲー気持ちいです!マジで!」
「いいよ嘘吐かなくて。これ以上硬くならないし……」
「!」
 すっかり舞い上がって、完全に忘れていた。
 それは研磨さんが悪いワケじゃない。どちらかと言えば俺の。ばつが悪くて、目を背ける。
「すいません、これ俺のフルです、」
「え、ご……ごめん……」
「あ、いいんですよお!体質っていうか、遺伝っていうか、お国柄っていうか」
 お国柄は違うか。
「とにかく、100%日本の血な人より、ちょっと硬くないんです」
 分かったのは中学で入ってた部活の合宿だった。バカだったから、風呂場でみんなでふざけて、勃起させたり、誰が一番早く達するか競ったりしていた。その時、白人の血が色濃く出ている俺の身体は、ちょっと違うのだと知ったのだ。
 軽いコンプレックスだった。
「ごめん……そういうこと知らなかった。ごめん、……でも、よかった、」
 そんなに何度も謝らなくていいのに。せっかく盛り上がっていた気持ちも親父譲りのものもあっさりしょげた。そんな俺に、研磨さんはおずおずとした口調で言う。
「気にしなくて、いいと思う……俺のより、少し、やわいくらいだし」
 言いながら、研磨さんはジャージの下を脱いだ。白い肌、だけど一応スポーツをしている人の脚。マットの上で、その脚がゆっくりと開く。
「見たら、また元気になる……?」
 今日何度目かもわからない、気付いたら喉を鳴らしていた。
「はぁ……ん、ぁ…ふぅ、…っ、」
 自分で自分の身体を拓いていく研磨さんの姿に、現金な俺はすぐに復活した。柔らかそうな口は、いやらしく指をくわえていた。ここが俺のをくわえ込むのかと思うと、期待感がゾクゾク込み上げてくる。
「研磨さん、触っていい……?」
 金髪がさらりと揺れた。
「ンン……あっ、はぁ…」
 柔らかい中へ、研磨さんの指に添うように潜り込ませた。あったかい。指先が中で絡む。ここ、と言われて、追うようにそこに触れた。ぴくんと面白いくらい身体が跳ねた。ここも覚えよう。研磨さんの気持ちいいところ。
 ふと、ぼんやりとした目が俺を捉えた。
「リエーフ、ちゃんと、勃ったじゃん」
 研磨さんは俺の首に絡みついて、俺を巻き込むように身体を後ろに倒した。腰を持ち上げて、俺のチンポに擦り付ける。汗ばんだ肌が吸い付くようだった。ぬめる感覚は想像よりずっと気持ちいい。先端を入口へ持って行くと、ちゅ、と音がした。研磨さんが小さく笑った。
「……ごほうびだね」
 ゆっくり挿入れて。と囁かれた通り、俺はゆっくりゆっくり腰を進めた。血液が巡る。研磨さんへ巡る。さっきまでの沈んだ気持ちなんて、最初からないようだった。

 この日から、ごほうびには、セックスも入るようになった。


 水曜日が待ち遠しかった。
 試験期間で部活がなくても、研磨さん家で勉強を教えて貰って、そうしてごほうびを貰った。

 たまに学校ですることもあったけど、大体は研磨さんの家だった。ご飯をご馳走になることもあった。研磨さんの家族は、研磨が家に友達を連れてくるなんてと、やたらと喜んでくれるのでちょっと照れる。
 最中に黒尾さんがゲームソフトを借りにくる時はヒヤヒヤするけど(鍵がかかってるのに、必要以上にドアノブをガチャガチャするんだ黒尾さんは)、水曜日は一週間の中で一番楽しみな日だった。

 ごほうびのおかげもあって、部活も頑張って続けている。基礎体力が上がったから、やれる事がどんどん増えるのが面白い。研磨さんは俺が興奮して突拍子もないことをするのにも、いくらか慣れたみたいだった。バレーはすっかり楽しくなっていた。
 楽しくなってしまったらごほうびはなくなってしまうんじゃないか、と思っていたけど、そんな事もなく、研磨さんはこのごほうびを、俺だけのトクベツだと言ってくれた。誰にも内緒のごほうびだ。

 だから俺はまた、調子に乗ってしまうんだけど。
「ン、あっ、リエーフ、やだ、」
「え?」
「もっと、ゆっくり」
「あっ!さーせん!」
 研磨さんは激しくされるのが好きじゃないみたいで、俺はついテンションが上がってガツガツしては、怒られている。
「今週も頑張ったんだなーって思ったら嬉しくて、つい」
「……」
 おんなじ肉欲を前にした十代なのに、がっつかない研磨さんはすごい。でもゆっくりするのは俺も嫌いじゃなかった。焦らされてるみたいで気持ちいいし、流れる空気が、ちょっとバカみたいな言い方になるけど、なんかすごいトクベツな感じがする。
 丸まった身体をぎゅうと抱き込むと、目を伏せていた研磨さんは、ちらっと俺を見上げて、まごつかせながら唇を薄く開いた。
「でも……リエーフのやわいから、キライじゃないよ」
「うぐっ!それ気にしてるんだから言わないで下さいよお!」
「ご……ごめん……」
 バツが悪そうに視線を反らし、プイと枕に半分うずまるその顔が、けっこう好きだったりするから複雑だ。
 だけどもう、殆ど気にしてない。研磨さんが気持ち良さそうな顔をしてくれるし、キライじゃないと言ってくれたから、気にならなくなった。
「研磨さん、ナカぎゅってして下さい」
「……んっ」
「っうはあ……やべー、やべえ気持ちぃっス」
「リエーフ、」
「っなんですか?」
「……ごほうび」
 俺はこの人の事を、黒尾さんのようになにも言われなくても判ったりできないし、夜久さんや海さんのように細々気を回したり、察する事も出来ないけど、これだけは判る。
「はい」
 一週間頑張ったごほうび。だけど、キスしたいって言葉のまま言えない研磨さんの、研磨さんなりの甘え方だ。
「研磨さん、もっといっぱい下さい」
「……いいよ」
 ごほうびが貰える曜日は、研磨さんと仲良くなれる曜日。俺が今、一番好きな曜日。
 冗談みたいな始まりだったけど、研磨さんも今日を楽しみにしてくれてたらいいな。


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