》ストッキングを切り裂いて




※社会人♀及川×大学生♀国見。百合ではなくGLです。及川さんが実業団選手になっています。




「今日は私が払うって言っていたじゃないですか」
 二人で外で済ませた夕飯。会計しようと財布を出したあたしを制して、国見ちゃんはぷくっと頬を膨らませた。
 彼女が開いた特徴的なオーブの飾りが付いた長財布は、去年のクリスマスにあたしがプレゼントしたものだ。一見彼女っぽくない派手目のピンク色が、その手の中にあるだけでついにやけそうになる。共通の友人たちは、初めてそれを見ると口々に“及川っぽい”と言った。その財布は、日々の幼い征服欲を満たすには十分いい仕事をしてくれている。
 ホントは国見ちゃんっぽくなくもないんだけれど、分かっているのが自分だけだというのもちょっとした優越感だった。あたしのことが好きな国見ちゃんは“あたしっぽい”ものも好きで、バッグの中、手帳やポーチにその中身、鏡、そういった小物は結構キラキラと装飾が主張している。服装こそシンプルな格好をすることが多くても、根っこの好みは胸焼けするほど女の子なのだ。
 その、つやつやと艷のある財布から、初めてのお給料で支払いを済ませた国見ちゃんは、少し得意気な顔をした。
 今日は国見ちゃんの、初給料日だった。


 学生時代から付き合っていた国見ちゃんとあたしは、あたしの就職と共に同棲を始めた。彼女は家賃や生活費を私が持つことを渋っていたけれど、同棲とは言ってももはや結婚生活なんだからいいんだよ。助け合おう。と言えば渋々頷いてくれた。
 それでも、やはり負い目に感じていたのだろう。気にすることないのに可愛い子だ。大学でバレーをする合間を縫って、国見ちゃんは家庭教師のアルバイトを始めた。

 それならば塾にすればいいのにと思ったが、不定期に入る練習試合を考えると、こちらの方が都合がいいのだそうだ。
 ぶっちゃけ結論から言えば興奮するので、あたしは複雑だった。

 国見ちゃんの初めての生徒は男子高校生だった。今はもう一人男子中学生も見ている。そう、男二人なのだ。
 そいつらは絶対、一度は国見ちゃんのことをやらしい目で見たに違いない。だって家庭教師に赴く時の国見ちゃんは、それなりにきちんとした格好をして、普段のボーイッシュな格好の面影もなく、とても素敵で品行方正そうなお嬢さんなのだ。
 国見ちゃんは細身でスタイルもいいし、けれどバレー選手らしく太ももは少しむちっとしていて、お尻は小さいのにも関わらず、胸に至ってはあたしよりもあった。同じシャンプーやボディバターを使っているのに、すごく美味しそうなニオイがするし、唇なんてつやつやぷるぷるしてる。国見ちゃんにちゅーしたくなるのは自然の摂理である。
 そんな魅力的な女の子が、男の部屋で男と二人きりになるなんて、想像しただけでその日のプレイが激しくなるのは言うまでもない。やらしい目を向けられたかも知れない国見ちゃんは、たまらなくいやらしい。
 まあ国見ちゃんの教え子が、彼女が帰った後に座っていた椅子のニオイを嗅ぎながらオナっているというのは、あたしの迷惑極まりない被害妄想にすぎないんだけれど。いつか、テストでいい点取れたらちゅーしてとか、そこまで行かなくてもデートしてだとか、言われたらどうしよう。その子人妻なんだからやめてよね――と考えるとまた妄想が捗ってしまいそうだからやめた。

 複雑なのは、明らかに自分の性癖のせい。一応、自覚はあった。


「今度の開幕戦、応援に行きますね」
 ベッドの中、あたしにたっぷり愛された国見ちゃんは、そっと足を絡ませながら微笑んだ。
 今度の土曜日はリーグが開幕する日だ。そして、そういう意味で就職したあたしのリーグデビュー戦でもあった。
「ホント?」
「はい。チケットも取りました」
「え、言ってくれたら席用意したのにー!」
 どうせなら関係者席で。
「エンドライン側から、いい席で見たかったんです、」
 だってデビュー戦なんですから。視線を枕へ落とし、ほんのり頬を染めた国見ちゃんを思わず抱きしめた。彼女がまた嬉しそうに笑む。これはカッコイイところを見せなくてはいけない。そして、及川さんステキ!抱いて!と言って貰おう。
「よ〜し!及川さん頑張っちゃう!」
「はい、あ、でも、怪我が良くなったばかりだから」
「うん。もうお仕事だからね、無茶はしないでちゃんと調子整えるよー」
 さらさらの黒髪を撫でて、柔らかい唇に一つキスをして、甘いニオイが溢れるベッドの中、そっと目を閉じた。イメージトレーニングをする頭の中では、負ける気なんてしなかった。


 土曜日は案外早く訪れた。
 試合前のアップをするためにコートへ入る。そのついでに会場を見渡すと、国見ちゃんはすぐに見つかった。
(……え、)
 なぜなら、目に飛び込んで来た彼女は、いつもと違ったからだ。
 彼女は、いつも私っぽくないからなんて言って着ないパステルピンクのトップスに、オフホワイトのニットのアウターを羽織り座っていた。少し化粧もしているだろうか。いつも白い頬の血色が良い気がする。試合前の独特の空気の中、その一角だけが浮いて見えて、茫然としてしまった。
 国見ちゃんが、私っぽくないから。なんて言って着ないパステルカラーや、フリルやレースが付いたフェミニンな服は、実際は彼女によく似合った。
 学生時代、髪の長さは肩に掛からないくらいか必ず結べと制限されて、化粧もオシャレも知らず、バレーばかりしてきた女の子は、女の子らしい格好に憧れながらも、どこか臆病になっていた。“っぽくない”なんて本人の思い込みなのだ。
 それにしたって、あれは何。デート服じゃんか。ぽけっと見惚れていると、パンフレットを見ていた国見ちゃんが顔を上げて私の視線に気付いた。控えめに胸元で手を振られ、私の意識はようやくコートに戻ってくる。にこり笑って、小さく頷いてやり、背を向けて深呼吸する。今はこっちに集中しなければいけない。深く息を吐けば、意識はコートの中に留まった。


 試合終了後、一旦更衣室に引っ込んだチームメイトたちとあたしは、各々軽く汗を拭いたり水分補給をしていた。
 その間会場では、司会進行の人が座席に振り分けられた数字から抽選してプレゼントが当たる企画の当選番号を発表し盛り上がっている。こういうのは部活やサークルと違う空気だなと思った。
 軽快な紹介と共に、再び会場に戻ると、たくさんの拍手に迎えられた。MVPの表彰から監督の挨拶まで、次々に進んで行く会場はあまりにも新鮮だった。最後は出入り口のちょっと手前に並び、応援して下さった方々とハイタッチをして見送るらしい。初めてのこと、あたたかい声を掛けられて胸がイッパイになって居ると、お疲れさまでした。と聞き慣れた声が隣の選手に掛けられた。列に並んでいたらしい国見ちゃんが、目の前に来る。
 パステルピンクはワンピだったのか。ちょっと動揺してしまった。先に出されてしまった手のひらに、ぱちんと同じものを合わせる。
「お疲れさまでした。MVPおめでとうございます、2セット目のラストのサーブかっこよかったです」
「ありがとぉ、」
「また来ます」
「あ、待って、」
 慌てて引き留める。彼女の次に並んでいた男と軽くぶつかってしまい、彼はわずかに怪訝な顔をした。
「スタッフさんに話してあるから、控え室に入れて貰って」
 流れ作業を止めている焦りもあり、早口で伝えた。国見ちゃんはこくり頷いて、すぐに横に流れると、あたしの隣の選手にお疲れさまでした。と声を掛けてハイタッチをした。あたしも律義に待っていた先程の男にすみませんと言って、見送りに戻った。

「国見ちゃん、お待たせ」
 シャワーを浴び、私服に着替え、関係者入り口の方まで行けば、国見ちゃんがぽつんとスマホを片手に佇んでいた。声をかけると、こちらを向いた瞳が緩やかに細まる。
「お疲れさまです」
「応援ありがとねぇ〜。おかげで勝てました!」
「おめでとうございます。及川さん、すごい活躍でしたね。楽しかったです」
「えへへ、イイトコ見せたくて頑張っちゃった。ていうか国見ちゃん、どうしたのその格好」
 会場では下までよく見なかったけど、すらりと長く伸びた足は薄いストッキングに覆われて、見たことないダルメシアン柄のパンプスに収まっていた。
「ダルメシアン柄って絶対国見ちゃんに似合うと思ってたんだよね!すっごいかわいい!」
「あ、すみません、これ、借りて来ちゃいました」
 そう言って彼女が触れたニットは、言われてみればあたしの服だった。国見ちゃんはあまり女の子全開な服を持っていないから、貸してあげることはままあった。アルバイトを始めてからは特にだ。それまではどちらかと言えば、あたしが新しい服を買ったあとの自宅ファッションショーで、国見ちゃんにも着せてみる(あわよくばそのままえっちする)くらいだったけど。
「いいよいいよ〜。国見ちゃんこういうの似合うよね!」
「及川さんの好みにしたいなって思ったんですけど、羽織るものがなくて」
 なあにこの子、今すぐに抱きたい。試合中のアドレナリンが収まらない頭で思うも、ここではちゅーも出来ない。いや、人が居ない内にさっさと済ませてしまうか……等と考えていると、パタパタと足音が聞こえて、欲望は引っ込めるしかなくなった。
 角からチームカラーのスタッフTシャツを着た小柄な女性がひょっこり現れる。
「及川さん!ここに居たんですかぁ!」
「あ、お疲れさまです〜、どうしたんですか?」
「初戦お疲れさまってことで、部長がみんなでご飯食べに行こうって……あれ、そちらの方は」
「お疲れさまです」
 視線を向けられた国見ちゃんが会釈する。ピンと来たのか、そんな顔をしたスタッフさんは快活に笑った。
「及川さんが言ってた後輩ちゃんですね!」
「……はい、おそらく」
「おそらくじゃなくてそうですぅ!今日わざわざ来てくれたんですよ〜」
「後輩さん及川さんのカッコイイとこ見られてよかったですねぇ!」
「はい。MVPだなんて、いい時に来られました」
「国見ちゃんが勝利の女神だったんだよねっ! 」
「あ、そうだ、よかったら後輩さんもご飯ご一緒しませんか?私たちスタッフも混ぜて頂くような軽い食事会なので」
「え」
 突然の提案に、国見ちゃんは少し戸惑うような視線を寄越した。試合後は酷使した身体を休めたいだろうからそのまま解散と聞いてはいたが、チームワークが大切なスポーツだ。付き合いはある。だから、これに参加すれば少なくとも晩御飯は一緒に食べられる。
「そうだね、国見ちゃんも行こ。せっかくだし」
「及川さん今日MVPでしたからね、主役ですよ!」
「お祝いされたいな〜あ」
「……じゃあ、お言葉に甘えていいですか?」
 それにしてもお二人が並んでると絵になりますねえ。口の上手いこのスタッフさんとは、上手くやっていけそうな気がした。


――連れてきたのはちょっと間違いだったかな、と苦く思った。
 貸し切られた個人経営の焼肉屋に入ってすぐ、あたしはおエライさんに捕まってしまった。今度の全日本には絶対選ばれるに違いない、怪我さえしてなかったら選ばれてただろう、そんな話が私の目の前で繰り広げられている。国見ちゃんは、一応目には入る向こうの掘りごたつの席で、左右に陣取る男のスタッフにせっせと肉を食わされていた。
(なんだ、アイツら)
 選手じゃないと知ってか露骨にアピールしすぎだろう。国見ちゃん仙台出身なんだ〜牛タン頼もっか〜、とかなんとか言ってる気がする。読唇術が出来るようになるのも時間の問題だった。大体、仙台の牛タンはもっとあつこくて――
「及川?」
「あっ。すみませ〜ん、ボーッとしちゃって」
「ははっ、構わないよ。初試合で疲れただろう?」
「ええ、ようやく緊張が解けたみたいです〜」
 監督に声を掛けられて、慌ててビールの瓶を取った。それをおエライさんのグラスに注いでやってから、酔っぱらってしまったみたいなので向こうで休んで来ますね。と言って、その場を離れた。もっと早くこの手を使えばよかった。
 他のテーブルに挨拶をして回り、最後に国見ちゃんがいるテーブルに向かった。
「国見ちゃ〜ん、食べてる?」
 食べてるのなんて向こうから見ていたから知ってるけど。靴を脱ぎながら声を掛けると、モブ男を含む三人の視線があたしに集まった。
「はい。もうけっこうお腹いっぱいです。及川さんは」
「あたし全然食べてないんだよねぇ」
「及川さん及川さん!国見ちゃん及川さんと住んでるってマジっスか!?」
「マジっスのでそこどいて貰えますかぁー」
 強引に国見ちゃんと男の間へ割り込むが、男は特に文句も言わず席を移動して、なんか頼みますかとメニューを手に取って寄越した。弁えてるなコイツ。
 いや待って、何気軽に国見ちゃんなんて呼んでるんだよ。
「うへぇ、美女二人暮らしとかやべぇな」
「楽園っスよ」
「楽園ですね」
「ぶっはっ楽園なんだ!国見ちゃん言うねー」
 彼女を挟んだあたしの反対側に座る男(以降モブBと呼ぶ)はゲラらしい。下品に笑い、ちまちまビールを飲みながら国見ちゃんにちょっかいを掛けている。こっちの方がマズかったか。あたしは隣に座る男(コイツは以降モブAだ)に注文を頼んで、静かに様子見することにした。
 国見ちゃんの手元にあるのはウーロン茶のようだったが、その前にアルコールを飲んだのだろう、目が少しとろりとしていて、赤みを帯びた頬と熟れた唇が色っぽい。
――そう思っているのはあたしだけじゃなかった。
 Bの目がちょくちょく国見ちゃんの唇に向かう。男はキスに重きを置かないなんて言う女性もいるけれど、グロスや大袈裟に色がついた唇に触れてはいけない気になるだけで、ナチュラルなつやぷるには露骨になったりもするものだ。女の子にキスしたいなんて思わないフツウの女の子は、そういうところに鈍い。Bの視線は、それどころかアウターを脱いだ国見ちゃんの胸元にも落ちるし、太ももまでじっとりと舐める。その目は露骨にやりたいと物語っていた。気持ち悪い。だから男は嫌いだ。同族嫌悪なのは分かっているが、気持ち悪いものは気持ち悪い。
 それに比べてAのいじらしさったらない。及川さんもタン塩食べません?とあたし用に新しい皿を置いて、そこにタンを乗せると箸も添えた。それから、はい国見ちゃんタン塩〜と彼女の皿にも乗せる。お前は評価する。
 こうなったら手段を選んでなんていられない。
「Aくん、生一つ頼んで貰えるかなぁ」
「えっエーくん?オレっスか?オレ、鈴木なんですけど」
「じゃあSくん、」
 そんなんどっちでもいいよ!

「及川さん、もうやめときましょ?」
 A改めSは、三杯目の生を頼めと言うあたしに、心底心配そうな声を向けた。Sの声音から何かを察した国見ちゃんも、及川さん?とあたしの腕に手を添える。その顔はすっかり酔いも引いたのか、ほとんどいつもの色だ。
「くにみちゃぁん」
 間延びした声で呼んで、その腕に絡みつく。
「ちゅーしよぉ」
「……しませんよ、」
「やーだぁーちゅーしよ〜よ〜」
 しなだれかかるようにしながら、国見ちゃんの唇に同じものを重ねた。ビールの味がするかも。国見ちゃんあんまビール好きじゃないよね、ごめんね。硬直した身体は、ぺろり下唇を舐めると、ぴくんと跳ねて慌ててあたしの肩を押した。大人しく離れてその顔を伺う、いつになく真っ赤になった国見ちゃんが居た。
(あ、やば)
 会場で押し込めた欲が、一気にぶり返してくる。視界の端に紛れたBはギョッと目を丸めていた。
「おっ、おいかわさんっ!」
「んん……」
 狼狽した国見ちゃんの声をBGMにそのまま目をつむり、倒れ込むように彼女の胸元へ顔を沈めた。どうやら彼女も体温が上がってるらしい。柔らかくてあったかくていいにおい。どくどくと早い鼓動が耳元で聞こえる。なんだか満足で口元に弧を描けば、Bのゲラゲラ笑いだす声がしたので、不快感を覚えたあたしは首の向きを変えた。
「えっこれ大丈夫?寝た?」
「半分くらい寝ちゃいましたね……その、及川さん、酔うとキス魔になっちゃうんですよ」
 国見ちゃんがさらっと口にしたそれは嘘だった。
「帰っても平気でしょうか?」
「いいと思うよ。そろそろお開きだろうし。タクシー呼ぼうか?」
「大丈夫です、外で拾うので。及川さん、及川さーん、」
 ぽんぽんと背中を叩かれて、仕方なく顔を上げる。
「帰りましょう」
「……うーん」
 よろよろ立ち上がるあたしに、Sは道を作るように避け、あたしと国見ちゃんの荷物を取って寄越した。コイツは気がきくな。だから国見ちゃんは絶対にやりたくない。
「すみませんが、及川さんが死んでしまったのでお先に失礼致します」
 あたしを支えながら挨拶をする国見ちゃんに、笑いが起きた。多分、明日から暫くはネタにされるだろうな。いや、チームに居る限りずっとか。どうでもいいや。
 大きな通りに出て、タクシーを拾った。乗り込んだ後部座席。行き先を告げる国見ちゃんの柔らかい声を聞きながら、太ももに頭を乗せて寝転がる。
「あの、連れがけっこう酔っているので、急がなくて大丈夫です」
 じきに走り出した車内で、運転手の死角であろう彼女の太もも、そこに添えた手でするする撫でると、国見ちゃんは膝をきゅ、と閉じた。
「及川さん、酔っていないでしょ」
 ラジオが流れる車内、あたしにしか聞こえないだろう小さな声が降ってくる。
「バレてた?」
 ビール四杯で泥酔するようなあたしじゃない。彼女は知っていて当然か。
「バレバレですよ、もう」
「怒った?」
「……今後いろいろ言われるのは、及川さんなんですからね」
「いいの。そんなの、どうでもいい。あそこに居たくなかったんだもん」
「……私もです」
 なんだ。よかった。国見ちゃんもだったんだ。含み笑いをしながら、調子づいたあたしの手は太ももの付け根の方へのぼるように滑る。ぺちん、甲を叩かれた。
「こら」
 そんな甘い声じゃ、全然こわくない。


 待ちきれなくて、玄関でキスをした。
 やっとまともに味わえた唇は柔らかくて、心の真ん中がふわふわする。焼肉のにおいなんてお互い様だからいい。適当に靴を脱ぎ散らかし、鞄もその辺に放っていく。あたしと国見ちゃんが通った後には、ぽつぽつと道しるべが出来た。
「ひッ!」
 ベッドに沈んだ国見ちゃんから最初に出たのは、悲鳴だった。彼女が履いていた黒いストッキングに、あたしがいきなり爪を引っかけて裂いたからだ。
 白い太ももと食い込んだ黒のコントラストが眩しい、境目をうっとり撫でる。国見ちゃんは肩をふるわせて、顔を枕に埋めた。タクシーでしたように、内側をなぞって行く。彼女の秘部を下着の上から指でなぞると、濡れた感覚があった。
「……今日の国見ちゃん、ホント可愛い」
 焦らしながら下着の中に指を忍ばせる。国見ちゃんの中は、ぬるりと滑って簡単にあたしを受け入れた。わざと水音が響くようにしてやれば、国見ちゃんは段々丸く縮こまっていく。かわいいけど、これじゃキスが出来ないな。思っていると、国見ちゃんが上半身をこちらへ向き合うように戻した。
「……はぁ、」
「国見ちゃん?」
「及川さん、キス、したいです」
 なんだかテレパシーみたい。あたしも簡単に胸がきゅうとなった。角度を変えながら、何度も唇を食む。中指を押し進め奥まったそこをなぞり、くっと指圧すれば、国見ちゃんの身体が強ばった。キスは深くなかったけど、段々と国見ちゃんがはふはふ苦しそうにするので、ゆっくり唇を擦り寄せる。国見ちゃんの唇はやわっこくて甘くておいしいから好きだ。ずっと食べていられたらいいのに。目尻を濡らしたとろん溶ける目が開いて、あたしを見上げた。
 おずおず腕が伸びてきて、あたしの首に絡みつく。首元にちゅ、ちゅ、と口付けられるとたまらなくなった。中に埋めたままの指を動かし、その腹で国見ちゃんのイイところにくるくる円を描くよう触れる。
「…あ…あ、ンふ、あぁ…」
 次第に甘い声が、吐息が耳に掛かって、腰がゾクゾクしてくる。加えて、手のひらで秘部の膨らみへ刺激を与えていくと、その声が切なさも帯びて、背中に国見ちゃんの指が少しだけ食い込んだ。
「すきっ、及川さん、すき、好き…っ」
 国見ちゃんはいつも、達しそうになると、いく。の代わりに、好き。と言った。あたしはその許しを請うような響きがすごく好きで、もっと気持ちよくしてあげたくなる。
「あたしも、好きだよ、国見ちゃん」
「あ…、アァ、――ッ!」
 一生懸命あたしにしがみついた国見ちゃんは、びくびくと身体を震わせて、あたしの手の中で達した。胸を上下させるとろけた頬にキスを落とすと、その顔がふにゃふにゃと綻ぶものだから、あたしもつられてしまう。次いで優越感。これはあたししか知らない、特別な彼女だと思うと気分がよかった。
 愛液でべとべとだった手のひらがまたひどく濡れていて、舐めたら怒るだろうなとちょっと考えていると、少しだけむくれた国見ちゃんにティッシュを差し出された。
「だめぇ?」
「かわいく言ってもダメです」
「ちぇっ。なら次は後ろに指入れていい?」
「……なにがならなんですか……」
 なんてつれない言葉を口にしても、国見ちゃんは結局許してくれる。あたしのことが大好きだから。

 そうだって知っているし、自信だってあるのに、どうして不安になるんだろう。
 今日も気持ち悪いと思ったくせして、男だったらもっと国見ちゃんを気持ちよくさせてあげられたのかな、なんて考えてしまう。まぁ男のあたしがテク無し顔だけ野郎の可能性もあるけど。それでも男になりたいとは思わないのに、国見ちゃんに欲望をぶちまけて、孕ませて、あたしのものに出来たらどんなにいいだろうと思うことはある。吹っ切れたつもりで居たけれど、あたしは昔と変わらないのかもしれない。影山やウシワカちゃんにコンプレックス全開だった、あの頃と。

 いつか、あたしよりも今日国見ちゃんを囲った男共の方が良いと言ったら。あたしじゃなくてもいいと言ったら。男じゃなくても、ただでさえネコ不足であるコッチの界隈で、今日の国見ちゃんみたいな女の子らしい子は引く手あまただろう。一昨日も髪伸ばそうかなと言っていたし、国見ちゃんはまた女の子から女になる。いろんな目を向けられる。
(あたし、どんだけ)


 身体を起こした国見ちゃんの背中にあるファスナーを下ろしながら、皺になっちゃったねと言うと、国見ちゃんはそれよりストッキングがと唸った。
「ごめんね。破かないとアタマおかしくなりそうだったんだよね」
 破くのも相当アタマおかしいよね。
 肩から滑るワンピも知らんぷりで、きょとんとした国見ちゃんは、けれどもすぐにストッキングだったものから興味を無くして、ならいいですとワンピを足から抜いた。
「でも今日ね、おめかししてくれて嬉しかったよ。もう脱がしちゃったけどネ。エヘッ」
「――ごめんなさい、及川さん」
「うん?今度は一緒に買い物行こうね」
「違うんです、私、ホントは今日、打ち上げとかあったら絶対に参加してやるって思っていました」
「……へ?」
「それで、及川さんのこと変な目で見てる男の人が居たら、全部私が、お色気作戦で引き付けて、」
「ちょ、ちょ、待って待って待って、及川さん話が見えない」
 言いながらふるふる震える国見ちゃんが、下着姿になって寒いから震えているのなら、簡単に抱き締めたのに。今にも泣きそうな顔をするものだから、直前までおっぱいを揉みしだいてやろうと思っていたあたしの指先は、少し躊躇ってしまった。

「チケットが取りたくて調べていたら、なんか、ブログが引っかかったんです」
「…うん」
「及川さんが入ったチームに、入る新メンバーが超絶美人だとかいう、タイトルで」
「……」
「及川さんのことかなって、思って、開いたら、やっぱり及川さんのことで」
「国見ちゃ」
「なんか、……なんか、試合中の、際どい写真が、いっぱい貼ってあって、私、」
 バレーって、スポーツって、もっと神聖なものなのに。国見ちゃんは普段冷静で、物事を冷めたように見るところもあるのに、好きなものに対する気持ちはひどく純粋なことがあった。あたしだって試合中は真剣だけど、何度かあぁ国見ちゃんパンツのライン出てる。なんて考えたりしたのに。
「そんなのどうだっていいのに」
「……気持ち悪くないんですか」
「うーん…慣れちゃったしなぁ」
 ぶっちゃけ、そんなのは昔からあったから慣れっこだ。今更どうということもない。気持ち悪くないかと言えば嘘になるし、慣れる必要もない事だってわかってる。でも、知らないところで勝手にオカズにされるだけなのも事実だ。
 ていうか、案外あたしみたいなのは、どちらかと言えば遠巻きにアイドル扱いされるだけなのだ。学生時代だってチヤホヤされたけれど、実はそんなに告白はされなかった。国見ちゃんみたいな子の方が、よっぽど露骨にヤリ目で見られるだろうし、特に国見ちゃんは変態を引き寄せるような雰囲気があるように思う。黒髪はだからアブナイ。だから、今は。
「あたしは、国見ちゃんが男にやり目で見られる方がイヤ」
「やり目……?」
「ご飯食べてる時に隣に座ってたチャラ男、国見ちゃんの事やりたいって目で見てたよ」
 驚いた顔をする彼女は、お色気作戦だなんて言ったくせに、気付いていなかったのだろうか。
「え、すっごい露骨だったよ!?気付かなかったの!?」
「……だって鈴木さんが、ずっと及川さんのことを見ていたから、気になって」
 鈴木って誰だ。あ、Sか。
 あんまり見られてる気はしなかったけど、そういえば何かと気を遣ってくれてはいた。普通に、選手だから気を遣ってただけだと思うんだけど。でも今日のは自信ないや、あたしの目には男なんてひとくくりの記号でしか映ってなかったんだから。
「おんなじ、だったんですね」
 そして、国見ちゃんがそんなふうに盲目になっていたことも、見えてなかった。
 人のこと言えない。たまに予想もしない大胆なことをするから、彼女と居るのは楽しい。色仕掛け、向いてないんじゃないかな。なんだか微笑ましくって笑いそうになる。朗らかに笑った国見ちゃんに、すっかり毒気を抜かれてしまった。
 けれど、さすがにこういうのは最後にして貰いたい。釘をさすためにまだ真剣な顔でいないといけない。
「もうそんなことしないで」
「……はい」
 しゅんとした彼女を抱きしめる。出来るだけ優しく、ちょっとだけ痛いくらい。不安な気持ちを押し付けるように。重みが伝わるように。イヤだと言ったけれど、気持ちは嬉しいと伝わるように。
 めちゃくちゃに犯して孕ませたいなんてバカみたいに考えてたあたしと同じように、国見ちゃんもバカみたいになって、女の子とストッキングの鎧を穿いたのだとしたら。
「今度あんなの見せられたら、ストッキング破るだけじゃ済まないかも」
 だってそんなの、食べちゃいたいくらい愛しい。
 落ち込んでいた彼女の瞳が少し好奇心に染まった気がした。
「なーに嬉しそうな顔してるの?」
「あっ、いえ、」
「国見ちゃんったらえっち〜。ねえねえ、及川さんにもお色気作戦して欲しいな」
「…えー」
「だめ?」
 だめじゃないでしょ?
 まるで処女のように恥じらった国見ちゃんが、おずおずと身体を寄せてくる。
 鎧すらなくなった脚がしっとりと絡みつき、肌が擦れ合うたびに、家庭教師先の生徒も、チャラ男の性器みたいな顔も、肉の棒への劣等感とか不安とか、嫌な気持ちも、全部どうでもよくなった。
 あたしたちふたり、結局いつも同じモノを気にしてるね。




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